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樅ノ木は残った 1の10 こおろぎ  山本周五郎

【朗読】樅ノ木は残った 1の10 こおろぎ 山本周五郎 読み手アリア

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樅ノ木は残った 1の10 こおろぎ あらすじ

逃亡者・新八は、おみやの家で半月を過ごすうち、身も心も穢れていくような自責の念に囚われていた。世話好きであけすけなおみやの好意にとまどいながらも、抗えない年若き衝動と羞恥のあいだで揺れる新八。やがて、おみやの情が彼を覆い、ある夜、ふいにそれがあらわとなる。新八は怒りも悲しみも吐き出せぬまま、こおろぎの鳴く静寂の中で、ひとり涙を拭い、己の心の堕落に震える。あたかも母を失った子のように――誰にも甘えることのできないまま、ただ夜の闇と鳴き声だけが、彼の耳に優しく寄り添っていた。

 

■ 宮本新八の心情

まだ十六歳の新八にとって、逃亡の日々は恐怖と不安に満ちています。そのなかで身を寄せたおみやの家は、一時の安息ではあったものの、彼の心をより深い葛藤と自己嫌悪へと追い込む場ともなってゆきます。おみやの世話を受けながら、無垢だった彼の感情は初めて「異性」というものに大きく揺さぶられ、それまで抱いたことのない「恥ずかしさ」「戸惑い」「抗えない興奮」…そんな複雑で未熟な感情が、彼を内側から崩していくのです。そして、夜の出来事――恐れ、羞恥、嫌悪、自責の念が一気に襲いかかり、彼は「おれは堕落した」と思い詰めて涙を流します。しかしその涙には、怒りや憎しみではなく、ただ無力で無垢な少年が「もう戻れない」と知った痛みと悲しみが込められています。こおろぎの声に耳を澄ませるその姿は、まるで幼い頃の母を恋う子どものように、静かで、切実です。

■ おみやの心情

おみやは、一見奔放で世話焼きな町娘として描かれますが、その奥には、寂しさと報われぬ愛情、そして過去に背負った孤独な生き方が滲んでいます。弟のように思っていた新八を、いつしか「男」として意識してしまう。それは理性では止めようのない感情であり、彼女自身も、自分の気持ちがどうにもできなくなっていることに気づいていますふとしたふれあいの中で、新八の幼さと純粋さに触れるたび、「汚したくない」という気持ちと「手放したくない」という欲望とがせめぎ合い、ついには一線を越えてしまう――それでも、彼女の言葉にはどこか壊れそうな愛しさと、悲しい諦めが見え隠れします。「堪忍してね」「もうしないから」――それは赦しを乞う言葉であると同時に、自分が踏み越えてしまったことへの、自嘲と寂しさのにじむ言葉でもあります。

 

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